更新 2003年4月12日
第一場（東西大学付属病院内の一室）
（助教授、助手、医学生Ａ、Ｂがいる、白拍子、入場）
医学生Ａ：白拍子先生、テレビの取材収録お疲れさまです。
医学生Ｂ：先生の演説、素晴らしかったです。
白拍子：ありがとう。
医学生Ｂ：先生の医療技術と福祉に対する素晴らしい考えに、感激しました。
白拍子：うむ。
（秘書、入場）
秘書：白拍子先生、よろしいでしょうか。来週の教授会と来月のタイ出張の件なのですが……。
白拍子：ああ、それについては、後にする。
（秘書、退場）
やりたいことはあるが、なまじ大学病院の医長の役職だと、いろいろ面倒な雑務にも追われる。私が本当にやりたいのは、医療の未開な地に実際にって、診療の発達のために尽くすことだ。
医学生Ｂ：そのときは、是非わたしにお供をさせて下さい。
助手：今、先生にここを出てかれたら、我々が困りますよ。
助教授：しかし、白拍子先生。取材で、またブラック・ジャックの名前を挙げていましたね。また歯に衣を着せない調子でご批判を……。
白拍子：それがどうした。悪いものを批判するのは、当然だ。患者の弱みにつけこんで、法外な治療費を請求するあんな悪徳な医者は、正しい医療と福祉の発展の障害でしかない。
助教授：あ、それから、例のことについて、お話したいんですが……
白拍子：なに、なぜそれを先に言わない。あ、学生の君たちは席を外してくれたまえ。
（医学生Ａ、Ｂ退場）
助教授：先生のお母さまの病気はやはり顔面水虫病に間違いないようです。
白拍子：……そうなのか。
助手：論文を検索したのですが、症例が少なくて、決定的な治療方法は、まだ無いようです。外科手術の報告が、二、三件ありましたが、術後の経過はどれもおもわしくないようです。
白拍子：顔の症状から病名がつけられているが、腫瘍の一種には違いないのだろう。放射線治療はどうなんだ。
助教授：これが、レントゲン写真です。腫瘍の位置が微妙で、神経を犯す危険性について、いま南プレメンス大学に問い合わせているところです。あと……
白拍子：なんだ。
助教授：例のブラック・ジャックが、この手術に成功したという話を、聞いたのです。
白拍子：だめだ!!あの男は絶対だめだ。まずは、南プレメンス大学待ちだ。それがだめなら……
（レントゲン写真を見てから）
私が手術をする。
第二場（ブラック・ジャックの家）
（呼び鈴の音、ピノコがドアを開いて、白拍子入場）
白拍子：ブラック・ジャック先生はいらっしゃいますか。
ピノコ：先生は今留守よのさ。あっ、あんた、テエビで先生のわゆくちいってた人れしょ。先生に何の用よのさ。
白拍子：……ブラック・ジャック先生に……手術の依頼にやってきました。
ピノコ：先生に文句いってたよのに、何れシウツを頼みに来るよのさ。
白拍子：……それは……
（ピノコ奥の部屋へ退場、Ｂ・Ｊ帰宅、家には入らず外から中の様子を窺う）
白拍子：わたしだって来たくはなかった。放射線治療で何とかなれば、わたしの手術がうまくいきさえすれば、こんなところへは来なかったのだ。前にも一度ブラック・ジャックに手術を頼んだことがあった。私がこんなモグリの医者に、二度までも頭を下げなくてはならないとは……。くそーっ。東西大学の外科医長の名折れだ。いや、名誉とかメンツの問題じゃない……、いや、それも確かにある。しかし、それだけではない。わたしが、ブラック・ジャックに手術を頼むということは……、私の理想を自分で否定することになるのだ。世間への言い訳はともかく……自分自身への言い訳がたたん。……おかあさま……、ぼくはいったいどうしたらいいのです。どうしたら……。………………………………。だめだ…………やはりわたしには……できない！
（ピノコ入場）
ピノコ：あ、どこいくよのさ。いまお茶入えたのに。
白拍子：すまない。……もういいんです。わたしは帰ります。手術の話はなかったことにしてください……。
（白拍子退場）
（Ｂ・Ｊ入場）
ピノコ：先生おかえいなさい。先生の留守中に白拍子って人がきたよのさ。それが変よのさ。先生にシウツ頼むっていってたのに、やめたっていって帰ったよのさ。ろうちて、そのまま帰ったのかちや。
Ｂ・Ｊ：……そんなことは、私は知らん……。
ピノコ：あの人、テエビで先生のわゆくちいってたかや、きっと先生をかやかいにきたよのさ。
（ピノコ退場）
Ｂ・Ｊ：………………。
（ピノコ入場）
ピノコ：先生、どこいくよのさ。
Ｂ・Ｊ：ちょっとでてくる。
ピノコ：せっかく、またお茶入えたよのにさーっ。
第三場（白拍子の母の病室）
（白拍子の母がベッドに横たわっている。Ｂ・Ｊ入場）
Ｂ・Ｊ：きょう、おたくの息子さんが、うちにみえましたぜ。
白拍子の母：そうですか……。
Ｂ・Ｊ：わたしに、手術の依頼に来たらしいが、結局言い出せずに帰りました。
白拍子の母：あの子の手術がうまくいかなかったのは、ウスウスさっしていました。あの子はウソをつくのが下手ですから。
Ｂ・Ｊ：息子さんには、何か意地やこだわりがあったようです。しかし、わたしなら母親のためなら何だってする思いますね。
白拍子の母：先生のお母さまは、今お元気で？
Ｂ・Ｊ：いや、もう亡くなりました。
白拍子の母：こんなことを伺ってすみませんでした。
Ｂ・Ｊ：いえ……。
白拍子の母：先生、わざわざこちらにいらしてくださったのは？
Ｂ・Ｊ：わたしも、おせっかいでね。実は手術を引き受けようと、ここへ来たのです。勿論頂くものは頂きますがね。
（白拍子、入場しようとして、Ｂ・Ｊがいるのに気がついて、ドアのかげに立ち止まる）
白拍子の母：白拍子とそのことを話したのですの？
Ｂ・Ｊ：いや、まだです。
白拍子の母：……お気持ちはありがたいですが、手術はお断りします。
Ｂ・Ｊ：えっ。
白拍子の母：あの子が先生に手術を頼めなかったのは、あの子なりに考えるところのあってのことだと思います。わたしは、あの子の気持ちを尊重したいのです。
Ｂ・Ｊ：息子さんの意地の犠牲になろうってんですか？
白拍子の母：白拍子は白拍子なりに医療に理想を持っています。残念ながら先生のやり方とは、相いれないのでしょう。先生はなぜ免許をおとりにならなかったのですか…いえ、個人的なことをお聞きしてすみません、先生には先生の事情や信念がおありなのですね……。ただ、同じようにあの子には、あの子の信念が……、あっ……、う、うーっ。
Ｂ・Ｊ：むっ、いかん。
（白拍子入場）
白拍子：おかあさまーっ。
Ｂ・Ｊ：危険な状態だ。すぐにオペをしなくては。
白拍子：そ…そうだ、オペだ。
（白拍子、インターフォーンに向かって）
わたしだ、白拍子だ。三階十一号室のクランケの緊急オペを行う。準備をしてくれ。
（Ｂ・Ｊに向かって）
ブラック・ジャック先生……、来ていただいたのはありがたいが、先生には……ここで……おひきとりねがいたい。
Ｂ・Ｊ：………………
（Ｂ・Ｊドアへ向かって去ろうとする）
白拍子：……待ってくれ!!
Ｂ・Ｊ：……なにか？
白拍子：……いや、なんでもない……。失礼した。
Ｂ・Ｊ：……
（Ｂ・Ｊ退場）
（医師、看護婦数名入場、そのまま、手術室になる）
白拍子：メス。
（暗転）