更新 2003年2月21日
佐倉十朗はその日何故か明け方早く目が覚めた。時計を見るとまだ午前三時を回ったばかり。十朗は再び眠りにつこうと目を閉じたが、何故か目が冴えて眠れなかった。彼は思い切ってベッドから出た。
自分がどうも落ち着かないことに、十朗には思い当たる節があった。一昨日は自分の娘、魔美の結婚式であり、昨日その娘は新郎と新婚旅行へと旅立ったのだ。そして、今まで彼女のいた部屋に彼女はもういないのだ。
魔美の結婚相手は高畑和夫、彼女の中学生のときからの友人であった。高畑君はいい人だ、魔美が彼を選んだ判断は正しかった、と十朗は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。それでも、彼の心の何処かにポッカリと穴の空いたような寂しさは消えなかった 十朗が自分自身を説得するまでもなく、つとめて客観的に見ても高畑はいい人であった。新婚旅行についても、魔美の自分の曾祖母の祖国フランスを訪れたいという意見に、彼は快く賛成したのだった。しかし、いい人であればそれはそれで、娘を奪ってゆく男にささやかな文句すら言えないもどかしさを十朗は感じていた。
フランスは今午後九時頃だろうか、ともの思いに耽るうちに、十朗はいつの間にか自分のアトリエにいた。東の空が白んでいて、ガラスごしにそのかすかな明りが十朗の作品を照らしていた。自分の娘、魔美の裸像の連作『少女』である。そうだ、魔美がいなくなってもこれらの絵が残っている。少しぐらいさびしくてもこれらの絵がなぐさめてくれる。十朗はそう思って暫く絵を眺めていた。
そして、十朗は自分の目を疑った。なぜなら、その数々の絵の間にいつの間にかそのモデル本人がいたからである。しかも、そのモデルをしているときと同じ姿で。それはまるで絵から抜け出て来たかのようだった。
「おい、マミ公。何でこんなところにいるんだ?! しかもそんな恰好で!!」
十朗は思わず叫んだ。
その頃、パリのホテルのベッドの上で高畑君、
「あれえ、マミくんは一体何処へイッたのかな?!」