更新 2003年5月3日
ついにドラえもんが未来の国へ帰る日がやって来た。のび太とドラえもんは、タイムマシンの入口である机の引出しの前で、別れを惜しんでいた。
「ドラえもん、とうとう未来へ帰っちゃうんだね」
「うん、でもやっぱりきみが心配だ。お別れに一つだけ未来の道具を残していくよ。何がいい」
のび太は少し考えてから言った。
「『あらかじめアンテナ』をちょっと貸して」
ドラえもんがポケットから取り出した『あらかじめアンテナ』を、のび太は頭にのせた。このアンテナは後で必要になるものを予め教えてくれるのだ。
「『どこでも蛇口』を出して」
アンテナはのび太にそう言わせた。『どこでも蛇口』をドラえもんから受け取ったのび太は不思議そうな顔した。
「なんで、『どこでも蛇口』なんか……」
『どこでも蛇口』は、壁などに取り付ければそこから水などが出てくる道具だ。
「別の道具にする？」
ドラえもんのその言葉を退けて、のび太は言った。
「いや、アンテナが教えてくれたんだから、きっと何かの役に立つんだろう。これでいいよ」
それから十数年後、静香は迷っていた。
この前の雪山の件では、母性本能をくすぐられてついのび太と婚約をしてしまったが、あれは軽はずみだったのではないだろうか。
「こんな形で結婚してしまうのは、のび太さんにとってもよくないんじゃないかしら。のび太さんはいい人だけど、結婚してずっとうまくやっていけるかと考えると……ちょっと不安だわ」
静香は、結婚についてはもう一度じっくり考え直したほうがいいのではないか、と思い始めていた。今ならまだ遅くない、のび太と会って話をしよう、と静香は決心した。
丁度そのとき、静香の母親が部屋をノックした。
「のび太さんがいらしたわよ」
静香が玄関へいくと、そこにのび太が立っていた。
「丁度良かった。あたしものび太さんに話したいことがあって……」
静香は少し言いにくそうな口調で言ったが、のび太にはそれが聞こえなかったのか、自分から話し始めた。
「しずちゃん、今日はプレゼントを持って来た。僕は偉くもないし、金持ちでもない。だが、ここに『どこでも蛇口』がある。これさえあれば、水道代を一切気にせずに、好きなだけお風呂に入ることができるんだ。しかも、この『どこでも蛇口』はお湯が出る蛇口だから、光熱費も浮くんだ」
のび太の手の中にあるその道具が約束するシャボン玉の未来を、静香は一瞬思い描いてしまい、その強烈な石鹸の香りにクラクラッときた。のび太は続けた。
「しずちゃん、僕はね、ドラえもんと別れるとき、たった一つだけ道具を置いてってくれるというので、そのとき迷わずにこの道具を選んだんだ。しずちゃんのことを考えてね」
静香は、のび太がそんなにも自分のことを考えてくれていたのか、しかも長い間ずっと思い続けていてくれたのか、と感激した。静香の気持は決まった。
「やっぱり、あたしのび太さんと結婚するわ!!」
道具で愛を作るのは哀れかも知れない。
しかし初めに愛があれば、道具でそれが潤うこともある。
でもこれを読んでるみんな、のび太が『あらかじめアンテナ』を使ったことは、しずちゃんには内緒だよ。