更新 2003年5月17日

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恋のピラミッド関係


「あっ、C子じゃない、久しぶりだね。珍しいね、一人で飲んでるなんて。A天はどうしたの、いつも一緒だと思ったけど」
B雄は、バーで見かけた幼なじみのC子に声をかけた。
「わたしだって、たまには一人で飲みたくなるときがあるのよ」
C子はもの沈んだ顔をしていて、B雄はそこにいるのが気まずくなり、そのまま立ち去ろうか躊躇っていたところ、
「座ったら」
とC子が隣の席を勧めた。B雄は言われるままに座って、そして自分の酒を注文した。二人は暫く黙って飲んでいた。

「B雄は、D雄をどう思う。D雄とは結構仲の良かったこともあったわね」
C子が徐に口を開いた。
「私、D雄と付き合っているの……。それで同じ男から見て、D雄というのがどういう人間なのか知りたいのよ」
「D雄はいい奴だよ」
口をついて出た言葉は確かにB雄の本心だった。人当たりがよく面倒見もいいので、頼り甲斐もあるだろう、少しわがままかも知れないが。そんなことをB雄は付け加えた。
「そう、わがまま。わがままなのよねえ」
C子は溜息をついた。
「うまくいっていないのか」
「そうね。私の方が好きで好きでたまらなくて告白して、付き合うようになったんだけど……。それでね、彼の本当の気持ちが分からないのよ。惚れたものの弱みっていうのかしら、私は彼といられるだけで幸せなんだけど、彼はそれをきっと察していて、敢えてそれ以上のことはしてくれないのね。それが悔しいんだけれど、どうにもならないのよ」
B雄はそんなのは些細なことで、贅沢な悩みだと思った。ただ、それを直截に言うのも憚られたので、言葉を選んでやんわりとそのことをC子に告げた。

C子は自分の話を続けたが、だんだん酒がまわってきたのか、話の辻褄が合わないところも出てきた。もともと恋愛とは非論理的なものではあるが。
「彼の気持ちが全然分からないというのは嘘ね。本当は知っているの。D雄が私と付き合っているのは、本当はA天が目当てなのよ。私とA天の仲を知っていて、私といればA天とも一緒にいることができるものだから……。でも、私はそれでもいい。A天を見るときに、それで少しでも私のことを見てくれれば、愛してくれれば。いや……、でもやっぱり愛して欲しい。それなのに……」
C子はグラスの中味を飲み干し、途切れ途切れに続きを話した。その話に拠れば、D雄は最近E子という女性に気があって、ちょっかいを出しているとのこと。そしてA天まで説得していて、A天とD雄とE子の三人で会ったらしい。それでC子とA天の間も少し気まずくなっていた。
「A天と私がお互いに裏切るってことはあり得ない。それは決まっているの。でもそれだから、もうどうしたらいいか分からなくて……」
「いっそのことD雄を諦めたらどうだ」
「それができればねえ」

それは出口の無い迷路のようなものだった。B雄は考え込んでいたが、やがて自分もその迷路に足を踏み込む決意をした。
「僕では駄目かい。今更って思うかも知れないけど、僕は前から君が好きだったんだ。ただ、なかなか言い出せなかったんだ」
C子は突然のB雄の言葉に驚いて、にわかにはそれを信じられなかった。
「有難う。優しいのね。慰めてくれるのね」
「同情じゃないよ。本当に君が好きなんだ。それに僕ならA天ともうまくやれるよ。A天、C子と僕って相性が悪くないと思うよ」
C子は暫しB雄の表情を窺った。B雄は真剣に見えた。そう、この人は昔から真面目で嘘は下手だった。かつてはそんな彼がC子には野暮ったくも思えたことがあったが、疲れている今は違って見えた。彼とならもしかしたら楽になれるんじゃないかしら。しかし、酔ったC子の頭の片隅にあることがよぎった。
「駄目、あなたはA天とはうまくいかないわ。A天は昔あなたが好きだったのよ。でも、あなたは全然気がつかなかったし、A天が話しかけても素気なかったでしょう」
「そうだったかなあ。気がつかなかった」
 B雄はとぼけた返事をした。
「A天はそのことを根に持っているわ。B雄は鈍いのね。客観的に見ても、気の利かないあなたはA天とは合わないわ」

B雄とC子の間に重苦しい沈黙が溜まった。やがて、C子がポツリと言った。
「世の中にはどうして男と女とおていがあるのかしら。もし……、せめてこのうち二つしか性がなかったら、恋愛の悩みも随分減るんじゃないかしら」
「そうだな……。そういえば、哺乳類等の下等生物には性が二種類しかないって何かの本で読んだことがあるよ」
「彼らはきっと幸せね。こんな苦しみを知らないで済むのだもの」


作者よりひとこと
恋愛ものを書いてみました。玉生洋一氏の『恋の〜』シリーズとは別枠です。頭が混乱してしまった方は、ピラミッド形A−BCDEを作図してから、是非もう一度読んでみてください。
吉田 恭
Kyo Yoshida
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