更新 2003年2月22日
何もない荒野の地平に、ただ一本の大きな木がそびえ立っていました。
お腹をすかせた一匹の猿が、この荒野を長いことさまよい、そしてこの大きな木にたどり着きました。その木には枝もたわわにおいしそうな実が生っていたので、猿は喜んで木に登ってその実を食べました。満腹した猿は、その晩木の上で、獣に襲われる心配もない安らかな眠りにつきました。
翌日から猿はその木の上に住みました。木の実は十分すぎるくらいあって、食べ物の心配はありませんでした。一つの枝の木の実を食べ尽くすと、猿は一つ上の枝に登って、その枝に生る実を食べました。この大木はどこまでも上に伸びていて、上に登れば登るほど、空気は爽やかで、景色も良く、そして実も甘かったのです。
猿が上に登るにつれて、地面は枝と木の葉に隠されて、次第に見えなくなりました。それと同時に、猿は、お腹すかせてさまよったあの荒野を忘れてしまいました。
暫くしたある日、大風が吹きました。木は揺れて、猿は振り落とされまいと、必死に枝にしがみつきました。その高さから振り落とされては、命がないからです。あとで風は止みましたが、風のせいで多くの木の実がなくなってしまいました。
別の日にまた大風が吹きました。今度は夜通し吹いたので、猿は眠れませんでした。木の実は更に疎らになり、しかも熟れ過ぎていて、前ほどおいしくはありませんでした。枝も細くなり、猿がつかむとしなうようになりました。
猿はこの木に登ったことを後悔しました。そこで猿は下を見ましたが、そこには枝が幾重にも重なっていて、大地は見えませんでした。上を見上げれば、木はどこまでも続いていて、疎らではあっても、木の実はまだありました。猿は外にも目をやりました。荒野のもう一つの地平のはるか彼方に、もう一本の大きな木をみつけました。でもそれは余りに遠くにあるので、豆粒のようにしか見えませんでした。その木に実が生っているのかどうかも分かりません。それにこの木を降りたら、そのもう一本の木はもう見えなくなってしまうでしょう。猿にはもう一度荒野をさまよう勇気はありませんでした。詰まるところ、猿は枝を登って、まずい木の実を食べました。
ある日、猿は何本も枝を登ってようやく一つ木の実を見つけました。その黒く硬い実に手を伸ばしたとき、猿は詰まった悲鳴をあげました。幹の分かれ目に、かさかさにひからびた別の猿の死骸を見つけたからです。