更新 2023年10月1日
イラスト:玉生洋一
トイッターのタイムラインが真っ白になった……………。フォロワーのつぶやきが消えた………。自分のつぶやきも消えた………。時が流れた………。流れてすぎた………。永劫の時が……………。
トイッターとは短文メッセージ(つぶやき)を投稿し、他のユーザーとやりとりできるソーシャルネットワークサービスの一つである。フォローしているユーザーからニュース、個人の日常や体験、そして意見や議論などの情報がタイムラインという一つの流れで絶え間なく流れてくる。それがある日止まった。新しいつぶやきが一切表示されなくなったのだ。
天地はスマホで何度もトイッターの更新ボタンを押し続けたが変化はなかった。普段空気のように触れていた様々な情報が消え去り、何とも頼りない感覚と所在なさに襲われた。その日のうちは何ともしがたく不安を抱えたまま眠りについた。そして翌日の午後になって、ようやく少しずつつぶやきが見えるようになった。
ニーニー: おっ。オレのつぶやき見えてるか? |
つぼ助: 見えてる見えてる |
ニーニーとは天地がネットで知り合った友人のハンドルネームで、つぼ助とは天地のハンドルネームであった。
つぼ助: いったいなんなんだろうね |
ニーニー: まっそのうちトイッター公式がなんか言ってくるんじゃないの |
しかしトイッター公式からのアナウンスは無かった。それでもやがてタイムラインはいつも通りに戻っていった。
タカギ・ゲーム・カンパニー: 新しいゲームアプリ公開したよ。自分で言うのもなんだけど、これは当たる! |
吹山: コーヒーに塩を入れると塩基カフェロイドができて、老化防止になるんだ。みんな試してみて。 |
鳥留(イラストレーター): イラストのサンプルをアップしました!仕事の依頼待ってます! |
青年B: この間の吸血鬼の動画とか塩基カフェロイドとか安っぽいフェイクニュースだよな |
キンダイチ: ムックかわいいよムック |
小池さん@正義屋: また公共機関のポスターで女性蔑視表現!都の担当者もいい加減価値観のアップデートをすべし! |
ただ、どことなく…、なんとなく…。天地は思った。どこがどうってことはない。これまでとまったく同じフォロワーが、まったく同じ話題をつぶやいて…………。つまるところ、何の変化もない毎日が過ぎていくんだ……。でも…やはり……どこか。なにかが変わった………。あの夜をさかいに………。タイムラインが真っ白になったあの夜………。
ニーニー: きみの話は、ばくぜんとしててさっぱりわからんな。どこがどんなふうに変わったか、なんとか具体的に説明できないかね |
つぼ助: 強いていえば、実在感だ!! たとえばきみのそのつぶやき!それからタイムラインのニュース、それに対する反響。企業の宣伝、フォローしている人々の日常、うわさ話も。なにもかも実在感がないんだよ!! |
ニーニー: 冗談じゃない。おれはここに実在しているよ |
つぼ助: ぼくがそう思っているだけかもしれない。このスマホは実は外の世界とはつながっていなくて、このタイムラインはぼくの意識が生みだした妄想じゃないかと。 |
ニーニー: よせやい。おれがせっかくこうやって打ち込んでいるのも、きみの妄想だというのか |
この世の全ては自分の想像であるとする仮説が観念的な一種の遊びとして昔からあることは天地も知っていた。しかし今回の何かが変わった感覚は、そういう理屈ではなく妙に生々しい実感で天地に迫ってきたのだった。
タカギ・ゲーム・カンパニー: ゲームアプリ更新したよ。課金でアイテムも入手可能!! |
吹山: コロナ対策助成金の延長申請で登録番号の末尾に半角大文字でXを入力すると必ず当たる。贈賄意志のサインになるんだ。 |
鳥留(イラストレーター): この間の仕事ボツになりました。新しい仕事の依頼待ってます! |
青年B: コロナ対策助成金で賄賂とか安っぽいフェイクニュースだよな |
キンダイチ: ムックかわいいよムック |
小池さん@正義屋: 肥原経産大臣が助成金で汚職!許すまじ! |
全てが変わらなさすぎる。大勢いてもそれぞれ個人の関心事なんてそんなもんか。いや、そんななまやさしいものではない。天地にとって全ては意外性がなくなってしまった。タイムラインのあらゆる言葉が、彼がそれまでに持っていたイメージの範囲を出ないのだった。フォローしている人々の大量な情報に囲まれていても、自分はただ一人なんだ。そんな思いに天地は苛まれた。
そんなとき、タイムラインとは別のトイッターの機能でプライベートなやり取りに使うダイレクトメッセージが天地の元に届いた。
天知小百合: 突然ダイレクトメッセージをしてごめんなさい。どうしてもお会いしてお願いしたいことがあるの。ここをクリックしてください。きっとよ。 |
自分と苗字が似ているが、天地が全然知らない相手であった。この手合いのメッセージは以前から頻繁にあった。大概が課金制のアダルトサイトや違法なバイトへの誘導であり、日頃は放置していた。だが、今回は違った。天地は何かにすがりつきたかった。ネット越しでも生身の人間に近いものを感じたかった。新しい刺激、自分がまだ知らない外の世界があるということを確かめたかったのだ。誘導されるがままに様々な画像や動画を観たが、天地の想像を大きく超えるものではなかった。みんなどこかで見たようなもの、良くて既知のイメージを複数組み合わせたようなものだった。天地は声を上げて泣いた。
ニーニー: いいかげんにしろよ!こっちが親身になって相談に乗っているのに、ことある毎におれは実在しないとか何とか! |
ニーニー: そこまでいうなら、お前の画像を加工して「飲食店で醤油ペロペロ」画像を捏造して拡散してやるよ。そして、炎上して叩かれまくれば、痛みを感じて妄想とか思わなくなるだろうよ |
つぼ助: やめろっばかなまねは!! |
ニーニー: おれのつぶやきも炎上もお前の妄想なら、お前の力で消しちまうこともできる筈だろ! |
天地は友人が本当にやりかねないと感じ、かといって何ができるわけでもなく、咄嗟にスマホを投げ捨てようとしていた。しかしそのとき、あるつぶやきが目に入った。トイッターの代表取締役イヤロン・ムスクのつぶやきであった。
イヤロン・ムスク: フェーッヘッヘッヘ!このつぶやきが見えているってことは、事態が少しはマシになっているってことだな。7月1日におそらく某国の新型サイバー兵器の攻撃で全世界のインターネットが壊滅的状態になった。 |
イヤロン・ムスク: サイバー兵器はどうやらネットワークをソフト的に寸断してしまうものらしくて、復旧の目処は立っていない。 |
イヤロン・ムスク: 応急的に我々がかねてより開発中であった生成系AIをトイッターアプリの緊急アップデートに組み込んだ。これによりネットワークに接続せずともスマホに残っているデータからそれらしいタイムラインが自動生成される。 |
イヤロン・ムスク: これはトイッター中毒者であるお前らへの思いやりだったのだ…………。 |
イヤロン・ムスク: でもお前らうたがい深いし、やっぱりばれるよね………。 |
イヤロン・ムスク: この寸断化されたインターネットを修復して収益あげるのは厳しいので、もうトイッター撤退するかも……………。 |
イヤロン・ムスク: 大体お前らトイッター見過ぎなんだよ。スマホを捨てよ外へ出よう。リアルに友達や家族と会えよ。フェーッヘッヘッヘ! |
リアルではぼっちの天地は、この壊滅的なインターネット空間の中を孤独に漂うしかなかった。