更新 2015年8月23日
イラスト：玉生洋一
火星基地への出張から帰ってきた出木杉は、出張中預けておいた息子ヒデヨを迎えに妻と野比宅を訪れていた。
「火星ではどんなお仕事をされていたの？」
静香の問いに出木杉は答えた。
「主に地質調査なんだ。基地も出来たばかりだからね。周りは殆ど前人未踏の地で、そこに自分が人類で初めて足を踏み入れると思うと、すごくワクワクしたよ。今回基地から少し離れた洞窟で地質学上とても興味深い鉱物がたくさん見つかってね。同僚が基地に帰った後も、一人でずっとその場に残ってサンプルを集めていたよ。」
「出木杉さんは、仕事熱心ね。」
「仕事というより好奇心が勝って、時が経つのを忘れてしまうんだよ。」
「僕は飽きっぽいから、そういうのは無理だな。」
のび太が茶々を入れた。
「でも野比君も、小学生の頃僕が貸した『十五少年漂流記』を一晩で読みきったよね。その気になれば野比君の集中力もすごいんじゃないかな。」
「あれ、そんなことあったっけ？」
のび太は「人間ブックカバー」を使って出木杉に『十五少年漂流記』を読んでもらったことを忘れているようだった。
「それに野比君は好奇心も結構旺盛だと思うよ。魔法について熱心に僕の家に質問しにきたこともあったね。あと、衛星写真で魔境探しとかやったりとか。確かヘビー・スモーカーズ・フォレストを見つけたりして、あれは大したものだったと思うよ。」
「ああ、ペコの王国か、懐かしいな。ペコはどうしているかな。」
「あなた……」
静香がのび太を横から突いて注意した。そう、出木杉はバウワンコ王国への冒険には参加しておらず、そのことは知らない筈であった。
「ペコ……、ペコ……、ああそうだ、腹ペコだな。出木杉君もそうだろう。食事にしないか。」
「そ、そうね。今準備をするわ。」
のび太と静香が繕おうとするところ、出木杉が遮った。
「お構いなく。これから研究所に戻らないといけないので。」
丁度その時、
「パッパラパー」
という素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「妻の声だ。ヒデヨとノビスケ君のところに行っている筈だが……。」
結局状況はよく分からなかったが、出木杉一家は野比家を後にした。出木杉はそのまま職場の研究所に向かった。
研究所は休日でいつもより人が疎らであった。出木杉は自分の部屋で訪問者を待った。ドアをノックする音がしてひとりの男が入ってきた。彼の名はガリベン、出木杉の小学校の同級生であったが、今では上司と部下の関係である。出木杉はその申し分のない能力と人柄で早々に出世したが、一方でガリベンはなかなか芽が出ないまま出木杉の温情で今の職を得たのであった。出木杉がそのガリベンを呼び出したのは、火星の鉱石についての彼の解析に不審な点があったからだった。出木杉から幾つかの質問を受け、ガリベンは遂に自分が結果を一部捏造したことを認めた。自分の業績が伸びないことの焦りからついやってしまったのだった。
「どうせみんなにしゃべるんだろ。ぼくはもうおしまいだ。ウワ〜。」
喚くガリベンを出木杉は宥めた。
「この結果はまだ内々のミーティングでしか話していないからね。なるべく穏便に済まそう。もうしないと約束してくれればね。」
ガリベンが退出した後も出木杉は研究所に残ってガリベンが担当した火星の鉱石の解析を一からやり直した。ガリベンが一ヶ月以上かかって行った解析の基礎的な部分を出木杉は二時間で終えた。
「これから論文になりそうなところをノートにまとめて彼に渡そう。本当はガリベン君が自分でやるのが一番いいんだけど。」
出木杉が夜遅く帰宅したとき、ヒデヨは既に寝ていた。
「折角出張から帰ってきたのに、また仕事でヒデヨには寂しい思いをさせてしまったな。明日は僕も君も休みだから、家族でまた科学博に行こうか。」
「私は大丈夫だけど、英才さんは疲れていないの？」
妻が声をかけた。
「僕も大丈夫だよ。」
暫しの間妻となごやかに会話をした後、出木杉は立ち上がった。
「まだお仕事？」
「うん、もう少しやっておくよ。」
出木杉は自分の部屋のドアを開けた。すると、いつもの自分の部屋が全く別の部屋に変わっていた。
「ぼ、ぼ、僕の、部屋が部屋が部屋が。………………………。僕の部屋だ。？」
部屋はいつの間にか元の自分の部屋に戻っていた。そして、そこには自分がのび太の家に忘れたと思っていたカバンがあった。
「「へやこうかんスイッチ」で出木杉君が忘れたカバンを届けておいたよ。」
のび太が静香に言った。
「あなた、変な道具持ってるのね。ドラちゃんからもらっていたの？」
「まあね。」
それから二人は出木杉について色々と話し合った。
「子供の頃はね、何でも完璧な出木杉君がちょっと妬ましかった。頭はいいしスポーツは万能だし男らしくて親切で……。」
「出木杉さんは、今も全然変わらないわね。」
「何か弱点があるんじゃないかと思ったりするんだけど、無いよね。」
「でも、出木杉さん、あれで色々苦労していることもあるんじゃないかしら。」
「え〜、まさか。想像できないよ。」
「もし苦労があったとしても、全く表には出さないんでしょうね。あと、さっきペコさんの話が出たとき思ったんだけど、出木杉さんて私たちのあの毎年の冒険には一度も参加していないのね。」
「あれ、そういえばそうかな。何でだろう。出木杉君がいたら、冒険のピンチももっと楽に乗り越えられただろうにね。」
「それに出木杉さんて恐竜や宇宙にとても興味を持っていたでしょう。もし冒険のことを知っていたら、一緒に行きたかったんじゃないかしら。」
「うーん。宇宙についていえば、今まさに火星に行ったりしてるんだし。」
「そうね。ドラちゃんに頼らずとも、月や火星に行きたいというあの頃の夢を着実に叶えているわね。」
出木杉英才は、その後も非の打ち所がない人生を歩み続け、そして天寿を全うした。
ΟΛ12恒星系調査速報
現在行われているΟΛ12恒星系の大規模調査において、古代文明の文字を記したものが初めて発見された。場所は当恒星系第4惑星の洞窟内、大きな岩に隠される形でその裏の壁面で見つかった。何か鋭利な物で掘って書かれたと思われ、分量は文字数にして97。
この恒星系にはかつて知的生命体が存在し第3惑星を中心に文明を築いていたことは既に分かっており、今回の大規模調査の目的はその文明の痕跡を見つけることであった。これまで生命居住可能領域内にある第3惑星を重点的に調査してきたが、第3惑星は大気が濃厚でかつ地質学的に非常に活発であるため文明の遺物は全て地中深くに埋もれ、発掘されても殆ど原形を留めておらず、特に文字については未発見であった。第4惑星は第3惑星と比べて大気も薄く地質学的に穏やかであったため、今回殆ど劣化しない良好な状態で文字の記録が見つかった。文字列はきちんと整列しており、我々の感覚による判断ではあるが非常に几帳面に書かれている。全文は以下の通り。
恐竜宇宙開拓史大魔境海底鬼岩城魔界大冒険宇宙小戦争鉄人兵団竜の騎士パラレル西遊記日本誕生アニマル惑星ドラビアンナイト雲の王国ブリキの迷宮夢幻三剣士創世日記銀河超特急ねじ巻き都市冒険記行きたかった
現在のところこの文字列は未解読であり、誰がどのような目的でこの文字列を書いたのかは全く不明である。何か公式の記録かも知れないし、宗教的な儀式に関わるものかも知れないし、あるいは個人の落書きまた私的告白かも知れない。内容は全く分からないが、初めて発見された文字遺物に因み、我々はこの文字遺物を仮に「聖典」と呼ぶことにした。幸いにも「聖典」を解読する手がかりが全く無いわけではない。この知的生命体および文明がΟΛ12恒星系の外へ広く進出したことは分かっており、その末裔も衰退したもののその文明の資料はかなり整備されている。そして、その中から「聖典」と類似する文字も既に幾つか見つかっているのだ。一体「聖典」には何が書かれているのか？ この遥か古代に栄えた知的生命体はどのようなことを考えていたのか？ 我々はそう遠くない将来、この謎を解き明かすことが出来ると期待している。