更新 2003年5月24日
「猿君、今日の君の相手はこの男だ」
猿はミスターＸの挑戦を受け、指定のゴルフ場にやってきた。そこでミスターＸに紹介された対戦相手は、一見何の変哲もない男であった。
「私ハ、コピウス・セロクス。猿クン、ヨロシク」
彼は猿より大柄であったが、欧米の白人としては標準的な体型であった。握手した手からも、猿は特別な力強さなどは感じなかった。この影のプロゴルファーは、果たしてどのような武器を持っているのだろうか。
ミスターＸが試合方式を説明した。
「勝負はサドンデス方式、つまり1打でも差がついた時点で試合が終了、打数の少ない方が勝ちだ。もし猿君が勝てば、賞金100万円を差し上げよう、負けた場合は私の影のプロゴルファーの組織に入ってもらう」
「悪いけど、今回も賞金はいただきや」
「フフフ……、それはどうかな」
ピッ クルクルクル ストセロクスが投げたティーは、猿の方に先を指して落ちた。
第1ホール、410ヤード、パー4!!
コースもまた何の特徴も無かった。真直なコースで、大したハザード（障害物）も無く、グリーンまで見通せた。
「よし、ここはドラコンのつもりで、かっ飛ばしたる」
そう思って構えに入ろうとした瞬間、猿はとてつもなく強烈な視線を感じた。それはコピウス・セロクスの視線であった。
「なんや、ジロジロ見ツメテ気持ワルイ！」
と猿は思った。しかし、プロゴルファーは例え周囲がどのような状況でも、スウィングに全神経を集中できなくてはならない。猿もここは自分のスウィングに集中した。
ギリギリギリ ビュウ バキャッ「ウヒョー！あれは300ヤードを超えたで！ワレナガラ会心のショットや」
ギューン ギューンン ギャーン
ストッ トッ トッ
ギリギリギリ ビュウ バキャッ猿とセロクスは体格が違うものの、それは明らかに「同じショット」であった。セロクスのボールは猿のボールと殆ど同じ軌跡を描いて飛んでいった。ミスターＸが覆面の下で（多分）うす笑いを浮かべながら説明した。
ギューン ギューンン ギャーン
ストッ トッ トッ
猿のボールは、コピウスのボールに僅かにオーバードライブされていた。猿は、自分のショットがそっくり真似されたことがショックだった。次のグリーンへのアプローチも難しいものではなかったが、猿はまたあのセロクスの視線を感じて、打ちづらくなった。
バシッ シュルシュルルル ストッ トッそれでも、猿はボールをピンから1メートルの位置につけた。
バシッ シュルシュルルル ストッ トッそして、セロクスもまた猿と「同じショット」をして、そしてボールを猿よりもピンに近くつけた。グリーンにたどり着いて、セロクスは猿のパットの邪魔にならないように、自分のボールをマーカーに置き換えた。1メートルは当然1パットで決めたいところではあるが、微妙な距離でもある。猿は慎重にラインを見て、若干フックしていると読んだ。
チィーイイン ツツツー コットーン正宗独特の打音の後、猿のボールはカップに吸い込まれた。一方セロクスはもうラインを読む必要は無かった。ボールは猿と殆ど同じ位置にあったので、同じラインに乗せればいいのであった。セロクスのパットのポーズは、その体格からすると不自然であったが、やはり猿のそれにそっくりであった。
（チィーイイン） ツツツー コットーンそれはまるで、するはずのない正宗の打音まで聞こえてくるかのようであった。
猿、3打（バーディー）!!、セロクス、3打（バーディー）!!
勝負は次のホールへと持ち越された。そして続く3ホール、セロクスはずっと猿のショットをコピーし、しかも必ず自分のボールは猿のボールよりもピンに近くつけ、猿の後にその次のショットをコピーできるようにようにしたのだった（これぞホントの猿マネ！）。
猿は焦り始めていた。しかし、そこで焦ってミスでもしてしまえば相手の思うつぼであった。セロクスは猿のショットをコピーし続ける限り、負けることはないが勝つこともない。つまり、セロクスは猿がミスをするのを待っているのだ。猿にもそれは分かっていたが、自分の影のようにヒタヒタと不気味に寄り添うセロクスを、振り払う術も無かった。
第5ホール、210ヤード、パー3!!
このホールのグリーン付近では、横風が吹いて旗がなびいていた。これは猿にとって必殺技『旗包み』が使えるチャンスであった。セロクスを引き離して勝負を着けるには、ここで『旗包み』を使ってホールインワンするしかない、と猿は考えた。ここぞという勝負どころで集中力を発揮しなくてはならないのも、プロゴルファーである。猿はティーグラウンドに立ち全身の神経をショットに集中させた。
ギリギリギリ バシッ ギャーン旗にくるまったボールはそのままピンをつたってカップインした。
ズボッ コットーン
ギリギリギリ バシッ ギャーンなんと猿の十八番『旗包み』までコピーされてしまった。コピウスはニヤッと笑うと、猿の方を向いて言った。
ズボッ コットーン
続く第6, 7ホールで猿は必殺技『ブレーキ打ち』や『モズ落とし』を繰り出したが、やはりそれらもセロクスにコピーされ、必殺にはならなかった。猿は精神的に消耗していた。試合が長引けは、どんどん猿に不利になるのは明らかであった。一方セロクスは、猿の奇抜な技を真似できるのが嬉しくてしようがない様子であった。
第9ホール、378ヤード、パー4!!
ここに至って猿は、対戦相手のことを意識し過ぎていてはいけない、と悟った。
「そうや、わいはわいのゴルフをやればいいんや。わいが自分のベストのプレーをすれば、負けることは決してないんや。全てのホールでベストのプレーをする、自分自身との闘いや」
猿は気持を入れ換えて、深呼吸をした。落ち着いてみると、丁度良いフォローの風が吹いていることに気がついた。
「よし、この風にのっけて、思いっきり飛ばしたる」
ドキャ キーン ストッ トッ トッ会心のショットであった。このとき猿は、あのセロクスの強烈な視線も忘れて虚心坦懐に自分のショットを打ったのであった。そして、次はセロクスのショット。
ドキャ キーンそのとき、上空の風が突然乱れた。高く上がったセロクスのボールは、あおられ失速し、猿のボールより少し手前に落ちてしまった。それでも、セロクスのボールはフェアウェイのど真中、グリーンまでの距離は160ヤード、直接グリーンを狙える位置にあった。猿よりボールが手前にあるため、今度はセロクスが先に第２打を打つことになる。ボールを前にして、セロクスの表情が俄に変化した。落ち着きがなくなり、今までの自信が体から抜けていく様子が、猿にも分かった。額からは汗をかき、クラブを握る手はガクガクと振るえていた。
ビュッ パキッ キュウーン バサ力のないスイングに、ボールはスライスして大きくコースを外れてしまった。ＯＢである。
「ゴルフの試合は、計算通りには進まないものだ。
不測の事態に臨機応変に対応する力こそが、
プロゴルファーには必要なのだ。
人生においても、また然り。
アーノルド・パーマン」
『サルでも分かるゴルフ金言集』より